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鰹と昆布のお話

老舗ののれんをくぐるには、ほんのすこおし、勇気がいります。斜め上を向いて、軽く深呼吸して、ちょっとばかり肩をいからせて、それとなく足下にも気を配りながら、ふっと入ります。ふっと入るというのは、まさしくそうで、ふっと息を吸い込みながら入るんです。 外から眺めると、のれんの向こうは空気の色が違う。のれんをくぐるとこれまた、空気の密度が違う。いえいえ、でもそれは、決して堅苦しい息苦しさではありません。フォーマルで、美しくて、奥深い、それは素敵な空間に足を踏み入れた時の、軽いめまいとでも申しましょうか。ちょっとメンバーシップ的で、背伸びをしたような、粋で幸福な気分。こんなことを申しますと、界隈の方々に笑われそうですが、私は毎回、そうやって老舗ののれんをくぐります。 今回の姉小路にんげんマップは、そんな老舗の一つである松島屋さんをお招きし、鰹と昆布のお話、創業三百年を数えるお商売のあれこれをお伺いしました。お話のなかから、松島屋さんの「空気の色と密度」を、どうかごゆっくりとお愉しみください。

鰹と昆布のお話

松島家本店 戸井田 平一

乾物というもの

乾物を持つ戸井田 平一さん

わたしどもは松島屋本店と申しまして、代々乾物海産物の商いを営んでまいりました。実のところ私で九代目になります。本日はこのようなお席をいただきましたので、京の昆布と鰹節について、すこおしお話をさせていただきたいと存じます。
 乾物と申しますのは、動物にしても植物にしても、海のものでも山のものでも、干しあげて保存食にしたものを、そう呼んでいるわけでございます。今のお若い方々は「乾物なんて、なんや?そんなもん食べたことないし、知らん。」とおっしゃるかもしれませんが、実は米も乾物でございます。今は物流が便利になったものですから、生もの、冷凍物が出回っておりますが、昔はとてもそんなわけにはまいりません。そこで先人は、生ものを天日で干しあげ、食材として使う時に、今度は水で戻すという保存食を開発したわけでございます。乾物ですから乾し上げる際に水分が抜けて、雑菌の発生もなくなります。

乾物の色は太陽の色

私は乾物の色は、太陽の色やと思っております。もちろん乾物はそれぞれ、黒っぽかったり茶色っぽかったり白っぽかったりと、様々な色をしておりますが、そこに黄色と申しますか、金色と申しますか、天日の色が混じっているように思います。命をささげてくれたものを乾し上げることによって、太陽の光を吸収し、うま味や栄養分をいただいて、乾物となります。乾物はおくと黄ばんでまいりますが、それは太陽の光がしみこみ、体内で凝縮し、内側から黄色く染め上げているように思えてなりません。わたしどもでは、そんな乾物を「おいのちをいただきます」という気持ちを込めて、常に身近に接して、それを商いとしてやってまいりました。代々、仏様を信仰しておりますが、仏教のお諭しと、商いの上でのこうした感覚は、ささやかながらも関連があるのかなという気がいたしております。

鰹と昆布、その不思議な出会い

 さて、ご承知のように、味には五原味と申しまして、甘みと苦みとすっぱみと、塩辛い辛味とぴりっとした辛味がございます。それ以外にだしのうまみが加味されるわけでございますが、昆布と鰹節はその代表と言えるかと思います。北海道、北の幸である昆布はグルタミン酸ですし、鰹節のうまみはイノシン酸になります。
 これには二つ合わせてなんとも不思議な出会いがございます。まず昆布は北の幸ですし、寒流、親潮の幸です。それから植物性のものであり、アルカリ性でもあります。それに対して、鰹節は南の幸でして、暖流、黒潮の幸です。動物性であり、酸性の食品でございます。これだけ性格の異なった鰹と昆布が、京都の地、少なくとも上方で出会ったわけです。

京都の水

 関東は少し前まで鰹節だけでだしをとっておりました。今は交流が盛んになりましたので昆布も使いますが、以前は鰹節だけがだしの材料でございました。
 関西ではこうした北の幸と南の幸をうまく取り合わせる知恵があったのだとは思うのですが、京料理がこんなにも花開きましたのは、何と申しましても京都特有の水の良さがあったのだと思います。京都では数メートル掘りますと、たちまち水が湧きいでたそうでございます。その水は適度な硬質の水で、非常に美味しいものでした。鴨川の水で顔を洗うとツルツルになったそうで、それほど良い水が鴨川を流れ、それから鴨川の下から南西にかけてずっと地下水が流れておりまして、それがわき出していたわけでございます。
 京料理については、王城の地、京都の知恵と申しますか歴史というものが、大いに作用していると私は思っております。やはり宮中がありますので、北の幸も南の幸も集まってまいります。それは商取引の場合もございましょうし、租税と申しますか、物納として納められる場合もございます。それが王朝文化の洗練された貴族の趣味に合わせて収斂され、京の水と相まって、京料理の原点になったのだと思います。

鰹節は男性に、昆布は女性に例えられていますが

 だしの取り合わせの妙と申しますのは、実に不思議なものがございます。昆布と鰹を合わせて、一プラス一が二になるはずのものですが、この組み合わせにおいては相乗作用が働きまして、非常に強い旨みに変わるわけです。驚くことに七・五倍にもなるそうでございます。
 ちなみに、昆布はだいたい女性に例えられることが多うございます。女性の髪の毛ですね、つまり海に生えている昆布のつやと同じで、商品名でも「ひろめ」とか「えびすめ」とか、女性に関わるような名前をおつけになっておりますし、鰹節は勝男節とも書きます。
 これには、ともに理由がございます。鰹は非常に元気な魚ですし、昆布はやはり女性らしく繊細で奥ゆかしいイメージになります。味のほうも鰹ははっきりした強い味ですが、昆布は奥ゆかしく深い味、というふうに特徴が全部分かれております。それが一つの取り合わせの妙を生んでいるわけでございます。

水と昆布

 さて、昆布の品質も様々ございまして、これは昆布がとれる浜の格差によるものでございます。同じ昆布でも、隣の浜の昆布とは微妙に性質が異なり、生育する浜によって、品質が格付けされてまいります。京都で、特に料理屋さんが業務用でつかわれます昆布は、なんと申しましても利尻昆布が多うございます。ただ、最近は真昆布や羅臼なども使われるようになりました。真昆布というのは、山だし昆布という呼び名でおなじみですが、元々は主に大阪で使われていたものでした。

昆布をもって話される戸井田 平一さん

 大阪はデルタ地帯でございますから、水が非常に悪かった。この水には真昆布が合うんですね。京都も昔の良質な井戸水から、琵琶湖の水を取り入れた水質に変化しておりますから、それにともなって使われる昆布も変わってきたということでございましょう。
 この北海道の真昆布と申しますと、函館の近くでとれるものなのですが、礼文でとれる利尻昆布と違いまして、非常に平たくて、長さは10メートルにもなります。それに対して利尻の方は、幅が狭くて身がしまっております。


昆布の味 甘口と辛口と

 昆布の姿が違いますと、味もずいぶんと違ってまいります。真昆布のほうは、甘いです。いえいえ、砂糖のような甘さではなくて、だしの中でじんわりとした甘みを感じるんです。これを大阪の老舗では、五年も六年も熟成されてから、炊かれます。これが昆布の炊いたもの、角切り昆布、潮吹き昆布になるんです。長いこと、寝かせてから炊かれますので、美味しいはずなんです。ええ、高価なものです。これは食べて美味しいんですね。
 それに対して利尻の方はどちらかというと辛口なんです。すっきりしておりまして、だしに甘いところがございません。ですからお茶の料理であるとか、京料理のすっきりしただしには最適なんです。この利尻昆布は、非常に海流の激しい所に生えております。なかでも、稚内の対岸にある利尻島と礼文島でとれる昆布は、「利礼もの」と称して、特別な格付けをもって呼ばれております。それが一番京料理では使われることが多いんです。
 真昆布が甘口と申しましたのにはわけがありまして、育ち方が甘いんです。利尻でとれる昆布は天然ですから、何かあったら流れて死んでしまいます。昆布の弱い菌がついても大抵のものは流れてしまうわけです。よっぽど強い菌が必死になって生き抜いて残り、それが二年かかってようやく収穫されるような昆布になるわけです。二年のうちにはウニが食べにきますし、流氷も来ます。いろんな気象条件のなかで必死になって生き残った昆布が、天然の昆布なんです。ですから身がしまっておりますし、味がしまっています。人間と一緒ですね(笑)。
 それに対して真昆布のほうは、噴火湾という湾の中ですから、もちろん海流の流れはありますが、栄養の豊富な、流れのゆったりした所で育つものですから、たいへん大きくなりますし、味は甘い。ですから面白いもので、自然条件と申しますのは、味覚にまで影響するということですね。

鰹節はこうしてつくられます

 さて、鰹節には、枯本節と荒節(鬼節とも申しますが)がございます。荒節の方は、薫製してあります。薫製することで、生臭みと水分を抜き、中のタンパク質をアミノ酸に変えるわけです。これを荒い仕上げということで、荒節と呼んだり、鬼みたいにごわごわしているものですから鬼節とも申します。
 それに対して枯れ本節のほうは、荒節を整形し、きれいに形を整えてから、黴付けという工程に入ります。黴と申しましても、薄い黴しか生えておりません。黴は水分がなくなると、それ以上は生えしませんので、完成したものは水分が完全になくなっております。本枯というのは、「本当に枯れた」と書きますけれども、叩いたらカンカンという音がします。これはそれだけ水分が抜けているということです。買うてきた鰹節に黴が生えるのは、水分が残っている証拠でして、それは悪い鰹節と言うことになりますね。
 黴を付ける工程も、一旦黴を殺してまた新しい黴を付けてと、昔は五回繰り返したものです。それを繰り返すことで、黴が徐々に中の水分を抜き、タンパク質を旨みに変えていったわけでございます。

鰹節は貴重な藩の財源でした

 こうした鰹節は、その昔、殖産産業でした。幕府は強力な外様大名を潰すために、財政を悪化させようとあれこれ画策したわけですが、各藩も必死になって抵抗いたしました。もちろん鰹節がとれる所は、是非とも鰹節を高く売りたいわけですから、何としても技術は盗まれたくない。それで鰹節の作り方は秘中の秘であったわけです。
 ですから鰹節の品質が全国的に向上するのは、明治以降になります。それ以前に品質の良い鰹節を作っていたのは、土佐藩だけでした。土佐の高知の鰹節は、土佐節と申しまして、皆さんのお耳にも多少は入っているかもしれませんが、これにはそういう根拠があるわけです。鰹はもちろん焼津でもとれますし、鹿児島県の枕崎でもとれるんですが、それらよりも土佐の鰹節はずっとおいしかったわけです。もちろん値段の方もお高かったわけですけれども…。

会場で耳を傾ける参加者の写真

ご用途に応じてさまざまな原料でお使いいただいております

 鰹節に関しては、大阪と京都の差はございませんし、関東との差もほとんどございません。京都で他に今現在喜んでいただいておりますのは、鰹節ではなく、鮪節でございます。雑節の中に含まれますが、原料は鮪です。これはあまり流通性がないものですから鬼節しかできません。ある老舗の料亭では、鮪の節の血合いを取って生臭みを全部取った原料をお使いになります。非常にあっさりした淡泊なだしが、ちょうどお茶の懐石料理に合うということでお使いいただいております。原料としてはその他に、めじか節、鯖節、いわし節など、いろんな原料をご商売、ご用途に応じて、お使いいただいております。

その昔、鰹節も昆布もそれは高級な食材でございました

 これまで京料理と昆布と鰹節というお話をしてまいったわけですが、ではその昔、そんなお料理が京都の庶民の食卓にのぼったかと申しますと、決してそういうわけではございません。昆布と申しましても、細目昆布というて、細い細い昆布くらいですね。それはそうです。利尻昆布にしても真昆布にしても、今でこそ手に入りますが、昔は高い高いものでした。
 それから鰹なども皆さん、つこたはらしません。うるめ鰯やかたくち鰯などのだしじゃこがほとんどでした。鰯は昔は「湧いてくる」と言うたもんですが、それほど大衆魚だったわけです。削り節などが出回ったのは、明治以降の、機械ができてからになります。鰹節はもちろん江戸時代にもありましたが、それは特別に高級なものやったんです。引き出物に使われるようになったのは、そこに原因があるわけでございます。一生に一度のおめでたに、おいしい鰹節をということで、皆さんが引き出物に使われるようになったんですね。もちろん昆布も引き出物に使われました。ですから我々乾物屋というのは、昔はたいそう隆盛を極めたものでございました。商う量も、ものすごう多かったようですね。

日々、誠実に、精一杯に

 私どもの初代が小浜から京都に参りまして、初めて海産物を商いましたのが、宝永年間と申しますから、元禄時代の次の時代にあたります。
 現在、私どもは姉小路柳馬場の角におりますが、初代がおりましたのは、もう少し西でして、姉小路柳馬場西に入った北側でございました。むこうからこちらの方に移ってまいりましたのが、百二十年も前になりましょうか。先ほど申し上げましたように、私で九代目になりますが、父の幼名は平一と申しまして、長じて平兵衛と名乗りました。名を変えるのが、私どもの習わしでございまして、長男は必ず平一、長じると平兵衛となります。ですから何代目平兵衛という形になりまして、父の場合は八代目平兵衛ということでございます。私は現在、平一と名乗っておりまして、終生平一で通したいと思っておりますが(笑)…。

松島屋の絵はがき

 お陰様で約三百年、この家業を続けさせていただいております。ただ、三百年続いたと一口に申しましても、正直なところそんな生やさしいものではございませんでした。続くということは、確かに貴重なことですけれども、その当代当代が必死の思いで、生計をたて、商いをして、やっと今現在があるということは、ひしひしと感じてまいりました。疫病がはやったり、戦争が起こったり、後継者がないといったことをかいくぐりながら、続けさせていただいたわけですけれども、続いたことに価値があるのではなく、現実の商いがどういう内容なのかということが問われるのだと思っております。それには日々誠実に、精一杯やるしかないのでしょうし、それがまた、苦労を重ねてきた先祖から受け継いだ、私どもの商いの原点であると思っております。

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