姉小路Who's Who 第6回

點得庵 岡野賀美さん

姉小路麩屋町東入ルの岡野邸は、姉小路の「街なみ環境整備事業」で改修された典型的な京町家。ところが、戸を開けて入ると土間に腰掛待合があり、表の間は炉が設けられています。「點得庵」と名付けられた、遠州流の茶道師範、岡野賀美(吉田宗賀)さんの茶室です。

床の間の掛け軸は雛人形。窓のすぐ外が道路なのに、日曜午後は意外と、クルマの騒音が遠くに。ふだんお茶席とは馴染みの薄い私たちも、お茶をいただき、ゆったりくつろいだ気分で、いろいろとお話を伺いました。

お茶は初めから「おもてなし」

岡野賀美さん

写真姉小路でお茶を

曽祖父が、この家で蒔絵をしていまして。お茶も遠州流で、名が吉田宗信。お道具も全部、曽祖父のものだと思うんです。その娘…私の祖母もお茶をやっていて、母もお茶を教えていました。私が四代目なんです。私の姓は結婚して「岡野」なんですが、家元からもらったお茶名は「吉田宗賀」です。もう20年やっていますが、お茶は20年では、まだまだ。娘に継いでほしいという気は、あまりないですが、道具はあるしね。

ここで週1回、土曜日にお茶を教えています。他に毎年、平安神宮で4月に1回、1日だけお当番でお茶会をします。神戸の弓弦羽神社でもお茶を教えているんですよ、羽生選手(フィギュアスケート)で話題の。

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▲ 街なみ環境整備事業で整備された外観

うちは長い間、ここでお茶を教えているのに、町内の人は案外知らはらへんかもしれません。昔は結構、この辺りの人たちも皆さん稽古に来られていたようですが、今はなかなか忙しいようでね。「落ち着いた時に」と言うてたらあきませんよ、時間は作れませんよ。忙しい人の方が、稽古できる(笑)。

寺町通の旦那さんたちはみんな、薮内流でやってはったそうです。月謝制で月に何回、と決めていますけれど、なかなか来られへん人には1回ずつごとでもどうぞ、と。昔は、そんな事をしいひんかったけれど、それでも、お茶をやってもらえたら、と思ってます。

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遠州流とは

遠州流をご存じない方が多いんですけれど、武家茶道の代表です。小堀遠州は二条城や南禅寺の庭や建築を造った人で、元々は長浜の小堀村の生まれですが、最後は伏見奉行をしていました。22年間で400回のお茶会をして、のべ2,000人の記録が残っているんです。どこで何のお道具を使ったのか、全部記録が残っていて、どのお道具が好きだったのか、誰からもらったか、判るんですね。

江戸の前期、世の中が治まってきた頃なので、わびさびの精神に加え、みんなが楽しめる、明るさ・豊かさを考えて、お道具を揃えました。利休さんは、樂茶碗 ─ 黒のイメージですが、その次の古田織部さんは、緑のイメージ。歪んだお茶碗が多いんです。遠州さんは、白のイメージ。整った形が多いですね。

お茶の世界では「写し」と言って、真似て作るのは全然かまわないんです。茶筌の持ち方も、好んで使うお茶碗の形からか、違います。またお茶の点て方も、遠州流では泡を立てるんですが、表千家さんでは泡を立てない。流儀によって、柄杓の切留の切り方も、合の大きさもずいぶん違います。

遠州流は武家ですので、男の人は袴を付けてお点前をします。お家元は印籠を身に付けて。お茶会では、お客さんを迎える側はきちんとしないと。

點得庵について

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師範になると、庵号をもらうんですよ。「點得庵」は、「お茶を点てて無心になるのは仏道に入ると同じ」というような意味だそうです。そういう境地で集中しなさい、という事ですが、なかなか無心になれない(笑)。看板は出してへんしね、入ってみてビックリという人がいますね。ここは蒔絵の仕事場でした。

遠州流は明るさを好むので、八窓席のように窓を多くしました。このお茶室は、四畳半です。半畳は普通、真ん中に来るのですが、茶杓を置いた時、畳の目と交差しないように敷きました。

お茶席では

今、お茶がちょっとブームです。映画「利休にたずねよ」があったし。遠州流の家元の、ドキュメンタリー映画も公開されたんです。

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▲ 岡野さんと、彩雲堂の藤本築男さん

お茶は初めから「おもてなし」やと思うんですね。お茶は相手がいる事やし、それがクローズアップされて、文化を見直すにはええ事かもしれません。

腕時計やネックレスが道具に当たらないように外す、お席に入るときには履いてきた靴下を履き替える、という気配りを、お客さんの方でもされるわけです。洋服で来られた時には、タイツやストッキングの人もいますが、その上に白い靴下を足袋代わりに履く。スーツの男性の場合は、靴下は黒でも結構ですよ。正座は、ジーンズだとキツいですが、着物だとそうでもないし、背筋を伸ばすのは、身体に良いと思います。

亭主側が何のテーマでお茶会をやるか、いろいろ考えて決めているので、「これは何ですか?」と尋ねたり、「お道具を見せてください」と言ってあげるのが礼儀です。亭主側から「見てください」と言うわけにはいかない。両方が気配りをしないと、お茶席は成り立たないんです。タイミングは、お釜のお湯を汲まれる時に「その釜は?」というように。席に入ったら、すぐに軸やお花について尋ねる。なかなか難しい。正客さんがなかなか座らないと、お茶会が始まらない。お茶の世界では変な譲り合いがあるんで、なかなか難しいんです(笑)。

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▲ 町内の皆さん

「お茶事」というのは4時間ほどあり、小間で「お炭(炭手前)」をして、ご飯をいただいて、濃茶をいただいた後、広間に移って、薄茶をいただきます。濃茶席では、お茶がたつまでは喋ってはいけないんですが、薄茶席はいろいろ喋っていてええんです。

「お茶事」をする時は、ちゃんと「こういうテーマでお茶会をします」と手紙を書き、それに「ご招待ありがとうございます」と返事を書かないといけない … 巻紙で(笑)。お茶事が終わったら、次の日に感想・御礼のお手紙を出す ─ それが、本来の「お茶事」の流れなんですが、薄茶席だけでも、お茶会として楽しめます。

心をこめて点てていただいた一服ですから、一口いただいて、感想を述べます。おいしかったら「たいへんおいしゅうございます」、まあまあなら「おいしゅうございます」、大した事ないなら黙礼(笑)。二口三口いただいて、最後に綺麗に引いてください。「堅苦しい」と言わず、「お茶とお菓子が美味しい」だけでも良いと思いますよ。

文 辻野隆雄 (歩いて暮らせるまちづくり推進会議)

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